「相手にすると面倒くさい戦法」の筆頭は嬉野流なのではないでしょうか。無理やり敵陣を突破しようとしてものらりくらりと避けられるし、かといって守りに徹すると相手の引き角棒銀にやられている…。ソフトの評価値では測れないような怖さがあります。
嵌り筋も多く、嬉野流に対して無策に攻め込んでも返り討ちにあうだけです。ということで、今回はおすすめの嬉野流対策を紹介していきます。
嬉野流の序盤定跡や、基本の指し方については『マイナーだけど有力!嬉野流の基本定跡と指し方まとめ』の記事で解説しています。
これらの嬉野流対策は、先手目線ですがどれも後手番でも応用できる内容です。
はじめに
▲8八歩型の嬉野流は問題なし
▲6八銀からはじまる嬉野流は、そこから自在な展開ができるのが特徴です。最近主流の嬉野流は▲6八銀~▲5六歩~▲5七銀と早めに銀を繰り出していきます(下図)。
新型嬉野流の特徴は、8筋の歩交換に対して▲8七歩と通常通り受ける点。比較的癖がなく、指しやすいように改良されています。
今回も上図のような形の新しい嬉野流への対策を中心に紹介していきますが、8筋交換に対して▲8八歩と低く受けるタイプの嬉野流も未だに健在(下図)。この形は嬉野流の最初の定跡書である「奇襲研究所 嬉野流編」で解説されているものです。
壁形を承知で歩を8八に敢えて打つのには様々な理由があり、特に棒銀の攻めを受けるときに歩が8八に居た方がいなしやすい、というものなのですが、このタイプの嬉野流に対しては、対策となる定跡が一応整備されています。中段に飛車を置いたまま4四に角を構え、飛車交換を狙う指し方です(下図)。
銀を5七に上がる前に5六の歩を取られてしまうことによりこの筋が生じてしまっています。8八の歩の悪形も相まって、嬉野流にとっては天敵となる指し方。飛車交換が成立してしまえば、先手陣はすぐに壊滅です。
王道の対策:棒銀
一番シンプルで簡単なのが、棒銀による対策です。
初手から ▲7六歩△6二銀▲2六歩△5四歩▲2五歩△5三銀(下図)
新型嬉野流の後手は、やはり銀を上がりを優先してきます。ここで▲2四歩△同歩▲同飛と歩交換をしたくなりますが、△3二金と上がられてすぐには決まりません。むしろ手損が大きいとみて、棒銀の形を組むことを急ぎます。
以下 ▲3八銀△3二金▲2七銀△3一角▲2六銀(下図)
2六銀と上がって、棒銀の形は完成。嬉野流の棒銀に対する自慢の対策を見ていきます。
△4四銀▲1五銀△4五銀(下図)
棒銀の銀が5筋に上がったのに合わせて嬉野流の左銀を4五にあがるのが有名な対策。
以下 ▲2四歩△同歩▲同銀△2二歩(下図)
もちろん先手は▲2四歩から仕掛けていきますが、▲2四歩△同歩▲同銀に対しては△2二歩と低く受けます。ここで▲2三歩ならば、△3四銀と下がって受けきれるという寸法です。
3筋から攻める
先手としては、下図(再掲)からはやはり2筋3筋を絡めて攻めていきます。特に、2筋の受けについては嬉野流の左銀の果たす役割が大きいことに注目。今度はこの銀に射程を合わせていきます。
といっても、すぐに▲2三歩△3四銀▲3六銀には△6四角のカウンターがあります(下図)。
これでは飛車のコビンを狙われて先手が厳しい、ということでまずは3筋をいつでも攻められるような準備をします。
以下 ▲3八金(下図)
以下 △8四歩▲2三歩△3四銀▲2二歩成(下図)
▲3八金と上がって3筋を守ってから、▲2三歩と合わせます。△3四銀にも▲2二歩成とし、これでもう先手有利。△同角も△同金にも▲3六歩とし、3四の銀を狙っていきます。
△同金の場合は、以下▲3六歩△2三歩▲3五歩△2四歩▲3四歩(下図)が一例。角のラインを活かして2筋方面を攻めていけばOK。▲3六歩に△6四角も、金を上がったおかげで▲3七桂と桂馬を跳ねて受けられます。
△同角の場合は、以下▲3六歩△2三歩▲3五歩△2四歩▲3四歩(下図)が一例。
どちらのケースでも、後手が歩切れである点に注目。先手が大きくポイントを稼いでいます。
棒銀以外の嬉野流対策
王道の棒銀による嬉野流対策を紹介しましたが、中には振り飛車党で、居飛車はちょっと…という方もいるでしょう。ここでは、棒銀以外の嬉野流対策もいくつか紹介していきます。
ノーマル三間飛車
三間飛車はシンプルながら、有力な嬉野流対策です。対嬉野流での振り飛車全般に言えることなのですが、やはり玉が堅いというのは正義です。
当然7筋を攻めてくる嬉野流に対して、7筋に飛車を振る三間飛車は相性抜群です。ただし石田流にしてしまうと飛車や7五歩の歩を狙われやすくなるので、ノーマル三間飛車のままの方が有力です。
初手から ▲7六歩△4二銀▲7八飛△5四歩▲6八銀△5三銀▲4八玉△8四歩▲3八玉△8五歩▲7七角△3一角▲6六歩△4二玉▲6七銀△3二玉▲5六歩(下図)
嬉野流に対しては、角を旋回して▲6八角~▲4六角とするのがおすすめの指し方です。空いた飛車のコビンを狙えば、嬉野流側は思うような攻めができません。
嬉野流側も、この指し方に対しては右銀を活用して抑え込む方針で指してくるのでそう簡単には成功しません。
なお、一番気を付けておきたいのがこの瞬間。
後手が5三の銀を4四に上がってきた局面です。銀が戦場から離れるように見えて、実は大きな狙いを秘めた一手。
振り飛車がのんきに▲5八金左などとすれば、△8六歩から飛車角総交換ルートになります。
一例ですが、△8六歩▲同歩△同角▲8八飛△7七角成(下図)
8二の飛車には銀のひもが突いているのに注意。以下▲8二飛成△同銀▲7七角成が考えられる進行です。振り飛車陣は固いとはいえ、飛車の打ち込みにはやや弱い形。▲7七角成のあとに手番も渡してしまいます。あえて交換に挑む変化もあると思いますが、安全策を取るなら▲8八飛と、あらかじめ飛車を向かい飛車の位置に移動させておくのがおすすめです。
中飛車
中飛車は嬉野流対策の戦法として注目されることは少ないですが、個人的にはかなり有力だと思っている対策の一つです。
初手から ▲7六歩△4二銀▲5六歩△5四歩▲5八飛△5三銀▲4八玉△8四歩▲3八玉△8五歩▲7八金(下図)
中飛車の特徴は▲7八金と上がれば必ずしも▲7七角とする必要はないという点です。
相手の飛車先交換を防ぐ▲7七角は振り飛車を指すうえで当たり前の一手ですが、裏を返せば7七の角を相手の目標にしてしまっています。もちろん相手から歩交換はされてしまいますが、対嬉野流ではそれ以上に角頭を攻められることがない、というメリットが大きいと思います。ということで嬉野流対策の中飛車では▲7七角ではなく▲7八金で8筋をケアするのがおすすめです。
むやみに5筋交換をしようとすると、相手から相中飛車にされてあまり上手くいかないので注意。
陽動振り飛車
陽動振り飛車は、手損の代償として後手の陣形を乱すことを目的とする作戦です。
先手が2筋を攻めようとすれば、後手は△3二金と上がらざる負えません。この3二金の壁形を作ってから、飛車を振りなおすのが嬉野流対策での陽動振り飛車の狙いです。
相居飛車ならそこまでですが、対振り飛車ではこの悪形は結構響いてきます。
初手から ▲7六歩△4二銀▲2六歩△5四歩▲2五歩△5三銀▲2四歩△同歩▲同飛△3二金(下図)
ここで▲2三歩と打ちたいですが、△3一角と引かれて大したことがないので飛車は引くことになります。そのあとの指し手は先程紹介したノーマル三間飛車や中飛車と同じです。
菊水矢倉
居飛車側の持久戦寄りの作戦として有力なのが「菊水矢倉」です。菊水矢倉は普段の矢倉戦などで指されることは稀ですが、対嬉野流では非常に有力な形。
下図の菊水矢倉は左桂を跳ねていません。7七の桂馬は傷にもなりえます。
銀が8八にいる形なために、相手から銀交換をされることがありません。上手く争点を避けています。相手の攻めさえ封じてしまえば、こちら側からの攻めが間に合います。
2五飛車浮き
初手から ▲7六歩△4二銀▲2六歩△5四歩▲2五歩△5三銀▲2四歩△同歩▲同飛△3二金▲2五飛△2三歩(下図)
飛車交換から、五段目に飛車を構えるのが先手の工夫です。相手の狙いの斜め棒銀は5筋に銀を出せるか出せないかがポイントになるので、この飛車が大きな役割を果たしてきます。
進行の一例ですが、こんな感じに飛車が前後左右に動く空中戦となりやすいと思います。こういった戦いが好きな方にはおすすめです。
嬉野流対策のコツ
なるべく争点をつくらない
嬉野流含め、棒銀系の戦法の狙いの一つに「角銀交換」があります。相手からしてみれば、攻め駒を綺麗に捌けて不満のない形です。金矢倉のような強靭な囲いでも、7七に銀がいるせいで銀交換を防ぐことはできませんので、なるべく争点をつくらないような陣形にするのがコツです(例:菊水矢倉)。
角はあまり前に出さない
嬉野流側からしてみれば、角頭というのは絶好の獲物です。特に相居飛車で7七に角を配置したりするのは、自ら首を差し出しているようなものです。三間飛車や2五に飛車がいる場合などでは別ですが、基本的には角を前線に出さないことをおすすめします。
玉を囲うのが損になることもある
嬉野流は8筋方面を中心に攻めてくるので、玉を8筋側に囲うことは必ずしもプラスにはなりません。主に居飛車で戦うときの話ですね。
特に中途半端に囲うのは一番駄目です。今回紹介したものでいえば、菊水矢倉くらいまで固く深く囲えるのなら良いですが、「ただ玉を寄せただけ」みたいな状況は一番危険です。
最後に
嬉野流は、とても面白い戦法だと個人的に思っています。様々な可能性が考えられ、正直鬼殺し対策のように、「これさえすれば封じ込める」といった手順は存在しません。
嬉野流対策について学びたい場合は、奇襲戦法全般の対策法について対策しているこちらの棋書がおすすめ。嬉野流対策を扱っている唯一といってもよい棋書です。
それと同時に、「敵をまず知る」ということで、嬉野流の定跡を少し学んでみるのもおすすめ。対策をするにもまずは戦法の中身を知らないことにははじまらないですし、面白そうだと思ったならば指し始めてみることも可能です。
嬉野流の序盤定跡や、基本の指し方については『マイナーだけど有力!嬉野流の基本定跡と指し方まとめ』の記事で解説しています。
嬉野流に特化した棋書も、ご覧のようにいくつか発売されています。